よく、
子育てに関する本で、おすすめの本はありますか?
といったご質問をいただくことがあります。^^

そういったご質問を頂く度に、少し申し訳ない気持ちになるのですが、実は私自身は、いわゆる育児書・育児本と呼ばれるものを、読まないタイプなのです。
もちろん、育児書がよくないと思っているわけではないです^^
育児書を読むことで、気持ちが楽になったり、親子の関わり方のヒントが見つかったりする方もいらっしゃると思います。
ただ、私の場合は、こどもとの関わりを考える時に、育児書の中にある『正解』を探すよいうより、もっと広いところから、こどもの姿や親子の関わりを見ていきたい感覚があるのです。
今回は、
・子育て本/育児書とは何か
・子育て本は必要なのか
・なぜ私が育児書をほとんど読まないのか
・子育て本以外の本が、こどもとの関わりを広げてくれる理由
・視点を変えるのではなく、ずらすことの大切さ
について、私なりの視点で書いてみたいと思います。
・育児書や育児本は、子育ての『正解』を決めるものではなく、親子の関わりを考えるためのヒントの1つ。
・読むことで安心できる人もいれば、かえって『できていないこと』に目が向きやすくなる人もいる。
・こどもの発達・個性・思考タイプによって、合う関わり方や力が出やすい条件は変わるもの。
・大切なのは、育児書を読むか読まないかよりも、目の前のこどもをいろいろな角度から見られる視点を増やしていくことだと感じています。
子育て本・育児書とは?子育ての正解ではなく、関わり方のヒント
子育て本や育児書とは、こどもの育ちや生活習慣、しつけ、親子の関わり、発達、学びなどについて書かれた本。
『子育て本』『育児書』『育児本』と呼ばれるものも、近い意味で使われることが多いと思います。
赤ちゃん期の睡眠や授乳について書かれた本もあれば、幼児期の声かけ、小学生以降の学習習慣、思春期の親子関係について書かれた本もありますね。
そう考えると、育児書はとても幅が広いもの。

ただ、ここで最初にお伝えしておきたいのは、
ということ。
こどもの発達には、その子なりのペースがあるもの。
同じ年齢でも、言葉の出方、感覚の敏感さ、体の使い方、気持ちの切り替え方、学びへの入り方はそれぞれ違うんですよね。
また、同じ声かけでも、すっと届く子もいれば、かえって固まってしまう子もいる。
同じ環境でも、安心して力を出せる子もいれば、情報量が多過ぎて疲れてしまう子もいるんですよね。
だからこそ、子育て本は『そのまま当てはめるもの』というより、目の前のこどもを少し違う角度から見るためのヒントとして受け取る方が、親子ともに楽になりやすいのではないかと感じています。
子育て本は必要?読まないといけないものではない
『子育て本は必要ですか?』と問われたら、私はきっと
と答えると思います。
子育て本を読むことで、今のこどもの姿を少し落ち着いてみられるようになったり、おうちの方自身が安心できたりすることもあると思います。
「こういう時間なんだ」
「こういう関わり方もあるんだ」
「うちだけではなかったんだ」
そんな風に感じられることもあると思うんですね。

一方で、読むことでかえって苦しくなる場合もあると思うんですね。
・本に書かれている月齢や年齢の目安と比べて焦ってしまう
・「こう関わるべき」と感じて、自分を責めてしまう
・目の前のこどもより、本の中の正解を優先したくなる
・我が子には合わない方法なのに、続けなければと思ってしまう
・情報が増えるほど、何を信じたらいいのか分からなくなる
こういったことが起きる場合、子育て本そのものが悪いわけではなく、少し距離が近くなり過ぎていることもあったりするんですよね。
子育て本は、親子の関わりを狭めるものではなく、選択肢を増やすために使えるもの。
そう考えると、読む/読まないの二択ではなく、『どう読むのか』『どう付き合っていくのか』が大切になってくると思うのです。
私が子育て本をほとんど読まない理由
じゃあ、なぜ私は子育て本を殆ど読まないのか。
それは子育て本・育児書が良いとか悪いとかではなく、
だったりします。
子育てについて考える時、もちろんこそ当て本の中にもたくさんのヒントがあります^^
ですが、私自身は、こどもとの関わりを考える時に、
「今、この子には、どんな力が育とうとしているのだろう」
「この行動の背景には、どんな感じ方や考え方があるのだろう」
「この子が自分らしく学び続けていくために、どんな関わりが合うのだろう」
という視点で見ていくことが多いです。
そうすると、ヒントは子育ての本の中だけではなく、もっと広いところにあると感じたりするのです。
海外の教育に関する本。
哲学の問い。
社会の変化について書かれた本。
人の生き方や価値観に触れる本。
一見、子育てとは関係なさそうな本の中に、こどもとの関わりを考えるヒントが隠れていることがあるんですよね^^

私にとって、
です。
だから私は、子育て本 / 育児書はほとんど読まないんだと思います。
『読まないからこどもとの関わり方が見えてきた』というわけではないです。
むしろ逆で、『こどもとの関わり方をもっと広く見たいから、子育て本だけに頼り過ぎない選択をしているという感覚に近いです。
こどもの発達や個性は、1冊の正解に収まりにくい
こどもとの関わりを考える時、私はいつも『この方法が良いかどうか』だけでは見ないようにしています。
それよりも
・どんな環境だと力が出やすいのか
・どんな場面で負荷があがりやすいのか
・何に興味が向くと、自分から動き出しやすいのか
・どんな順番だと理解しやすいのか
・どんな関わりだと、自分の言葉で表現しやすくなるのか
という視点で見ることを大切にしているんですね。

たとえば、同じ『片付けが苦手』に見える姿でも、背景は一人ひとり違うんですよね。
見通しを立てることに負荷がある子もいれば、感覚的にモノの配置が変わることが苦手な子もいる。
始めるまでに時間がかかる子もいれば、途中で別に刺激に意識が向きやすい子もいる。
そもそも『片付いた状態』のイメージが、大人と違う場合もあったり。
同じように、同じ『宿題をやりたがらない』に見える姿でも、背景には、様々な可能性があるんですよね。
内容が難しいのか。
量が多く見えて圧倒されているのか。
書くこと自体に負荷があるのか。
間違えることへの抵抗が強いのか。
学校で力を使い切っていて、おうちでは、もう余力が残っていないのか。
こうしてみていくと、こどもの姿って『できる / できない』だけでは整理しきれないんですよね。
だからこそ、子育て本に書かれている方法をそのまま当てはめるよりも、『この子の場合は、どんな条件なら回りやすいかな?』と考える視点があると、親子の関わりに少し余白が生まれやすくなるんですよね。
子育てを「子育ての中だけ」で見ない理由
私が子育て本や育児書から少し距離を置いているのは、こどもとの関わりを、『子育て』という枠の中だけで見たくないからだったりします。
子育てを俯瞰して見ていった時、私が大切にしたいのは、こどもに【生きる力】が育っていくこと。
ただ、ここでいう【生きる力】とは、なんでも1人でできるようになることや、困らないように準備してあげることだけではないです。
自分の感じ方や考え方に気づくこと。
自分の言葉で表現していくこと。
誰かと関わりながら、自分に合う学び方や進み方を見つけていくこと。
そういった力を含めて、私は【生きる力】だと捉えています。

だからこそ、子育てについて考える時、私は子育て本の中だけに答えを探すよりも、もう少し外側の世界に目を向けたいと思っています。
学び方はどう変化しているのか。
こどもたちはこれから、どんな力を使いながら自分らしく進んでいくのか。
その中で、今、目の前のこどもにどんな関わりができるのか。
そんな風に少し外側から逆算して考えていくような感覚です。

教育・子育てについて多角的に/立体的に見たい
もちろん、子育て本そのものを否定している訳ではないです。
子育て本を読むことで、安心できる方もいらっしゃいますし、必要な時に支えになる情報もたくさんあると思います。
ただ、「子育て」という狭い範囲から自身の子育てを見つめてみるというのは、同時に『物事に対する選択の幅が狭くなっていってしまっているかも』知れないという認識を持つ事も必要であるとも思うのです。

「この年齢ならこう」「この声かけが良い」「こうできているか、できていないか」
そんな風に、いつの間にか本の中にある目安や方法に、目の前のこどもを合わせて見てしまうこともあると思うのです。
でも、こどもは一人ひとり違います。
こどもそれぞれに個性があり、発達のペースがあり、感じ方や考え方があります。
家庭の環境も、親子の関係も、お家の方の価値観もそれぞれ違います。
だからこそ、選択肢は少ないより、多い方がいい。
もちろん、『子育て本』を読みつつも、それ以外のカテゴリーの本を読まれる方も多くいらっしゃると思います^^
ですので、皆がみな、子育て本に触れたからといって選択の幅を狭くされているとは思いません。
ただ、子育て本の中にある選択肢だけでなく、物語・哲学・社会・教育・海外の学び・人の生き方など、いろいろな分野の本に触れることで、こどもとの関わりをもっと多角的に、立体的に見られるようになると感じています。

海外の教育に関する本から、日本の学校や学び方の前提を少し外側から見直すこともあったり。
哲学や社会の本から、こどもに『何を教えるか』ではなく、『どんな問いを持てるように関わるか』を考えることもあったり。
子育て本以外の本に触れることは、子育てから離れることではないんですよね。
むしろ、子育てをもっと広く見るための時間なのだと思っています。
また、時代はもの凄いスピードで移り変わっているという認識も同時に忘れてはいけない認識だとも感じています。
子育て本に触れられる際、『書かれた年の時代背景』や『その時代に世の中が求めているものと今求められているもの違い』などをしっかり理解しながら触れる事も大切。
そうなると尚のこと、『選択肢が少なくなりそうな範囲(子育て本)』よりも『選択肢が増えていきそうな本』に触れた方が、選択肢が多い分色々な角度から子育てを見る事が出来て楽しいと私は感じているのです。
グローバル子育ては、英語や海外教育だけの話ではない。
私が大切にしている『グローバル子育て』も英語を話せるようにすることや、海外教育に目を向けることだけを意味している訳ではないです。
変化の大きい時代の中で、こどもが自分を知り、自分の考えを持ち、自分の言葉で表現しながら、その子らしく学び続けていく力を育てること。
そのために、英語や海外教育は大切な入り口の1つになります。
でも、それだけではないんですよね。
日々の会話。
こどもの興味関心の動き。
うまくいかない時の見方。
その子の合う学び方。
自分の考えを言葉にしていく経験。
こういったものが長い目で見たときに、こどもが世界とつながりながら自分らしく進んでいく土台になっていくと感じています。

だからこそ、子育て本に書かれている方法をそのまま取り入れるかどうかよりも、
「この子は、何に心が動くのだろう」
「この子は、どんな時に自分の言葉が出てくるのだろう」
「この子が学び続けるために、どんな環境が合うのだろう?」
という視点を持っていたいなと思うのです。
子育て本を読むか読まないかは、そのための手段の1つでしかないんですよね。
大切なのは、こどもを1つの型に当てはめることではなく、その子らしく学び続けるための見方や関わり方を増やしていく事だと思っています。
その為、私もブログ記事を書く際は、『子育て』から出たようなちょっと世の中を見渡すような形で記事を書いていっているつもりだったりします。
(または『英語』から敢えてかけ離れたところからアプローチする記事を書いてみたり。)
自分の価値観や考え方を “ずらす”ことが、こどもとの関わりを変えていく
こどもとの関わりスタイルは家庭の数だけあるものです。
そして、その『家庭のスタイル』はおうちの方自身の価値観や考え方と深くつながっています。
何を大切にしたいのか。
どんな姿を見ると不安になるのか。
どんな時に、つい口を出したくなるのか。
こどもにどんな力を 育んでほしいと感じているのか。
こういったものは、日々の声かけや関わり方に自然と表れるものです。
だからこそ、こどもとの関わりをか考える時には、こどもだけをみるのではなく、おうちの方自身の価値観や考え方にも少し目を向けてみる時間が大切だと思っています。
ただ、ここで大切なのは、『変わらなければ』と思いすぎないこと。
なぜならば
からですね。
もちろん、それが力になる時もあると思います。
ですが、子育ての中で、『変わらなければ』を強く持ち過ぎると、いつの間にか
「今の自分ではダメなんだ」
「この関わり方は間違っていたんだ」
「もっと良い親にならなければ」
というところ気持ちが向きやすくなると思うんですね。
そうなると、こどもとの関わりを見直す時間が、自分を責める時間になってしまうんですよね。
だから私は、『変わる』よりも『ずらす』というスタンスでスタンスで価値観や考え方を整えていくことを大切にしています。
今の自分を否定するのではなく、今見ている角度を少しだだけ変えてみる。

「私はうまく関われていない」のではなく、「今の我が家に合う関わり方を探している途中なのかもしれない」と見てみる。
「早くできるようにしなければ」ではなく、「この子はどんな条件なら、自分の力を出しやすいのだろう?」と見てみる。
このようjに視点が少しズレるだけで、こどもの行動の見え方も、おうちの方自身の心の置き方も、変わることがあります^^
子育て本以外の本に触れる時間は、この『ズラす』経験を積み重ねる時間にもなるんですよね。
『こどもとの関わりにおいてこれはどう言えるかな?』と色々な角度から自分の『価値観』『思考ベース』に物事を考えていく時間になるので自分に肯定的な付き合い方で触れていける。
そんな時間になると感じていたりします。
それはひいては、子育て本を参考に子育てスタイルをがらりと180度方向転換するのとは違う『ずらす』というスタイルだかからこそ、「気付くと思考や価値観が動いていた」という『変化』が起きやすくもなるものになるんですよね。
『自分の価値観や考え方を大事にしながら』(時に直感も大事にしながら)こどもと関わっていこう!という事。
なぜならばこどもと関わる時間において大切な前提は、おうちの人が自分自身を大切にする事だから。
自分を大切にするから、こどもとの関わりがシンプルになっていくものだったりするので、私は自分の価値観・考え方を受け止めながらずらす経験を積める本となる、選択肢をより多くできる子育て本以外の本の方を読む事を好むという感じです。
子育て本を読むか読まないかより、目の前のこどもをどう見る
…という事で『子育て本(育児書)』を私が読まない理由をかいてみました。
子育て本を読むことも、読まないことも、どちらが正解ということではありません。
子育て本に助けられる時もあります。
子育て本から少し離れた方が、目の前のこどもを見やすくなる時もあります。
大切なのは、情報を増やすことそのものではなく、その情報によって、こどもを見る目が少し広がるかどうか。
そして、おうちの方自身が自分を責める方向ではなく、「我が子に合う関わり方を考えるための選択肢」として受け取れるかどうか。
私はそこを大切にしたいと思っています。

こどもの発達や個性、思考タイプ、興味関心は一人ひとり違います。
だからこそ、子育てにおいて本当に必要なのは、一つの正解を探すことではなく、目の前のこどもをいろいろな角度から見られる視点を持つことなのかなと思っています。
そしてその視点は、子育て本だけでなく、物語や哲学、教育、社会、海外の学び、人の生き方など、さまざまな本との出会いの中で育っていくことがあります。
私が育児書をほとんど読まないのは、育児書を否定しているからではないです。
こどもとの関わりを、もっと広く、立体的に、そしてその子らしさに合わせて見ていきたいから。
そのために、私はあえて「子育て」という枠の外にも、たくさん目を向けていたいのです。
一冊の本をきっかけに、子育てやこどもとの関わりを少し違う角度から眺める時間としてある、【視点ずらしカフェ】。
「うちの子の場合は、どう見たらいいのだろう」
「今の関わり方に、もう少し余白を持ちたい」
「子育て本の正解ではなく、我が家に合う視点を増やしたい」
そんな方にとって、視点ずらしカフェの時間が、こどもとの関わりを少し楽にするセルフコーチングにも似た時間になると思います^^
よくあるご質問
Q1. 子育て本を読むと不安になるのはなぜ?
→本に書かれた目安や方法と我が子を比べてしまうと、『できないこと』に目が向きやすくなってしまうんですよね。
子育て本は正解集ではなく、選択肢の1つとして距離を持って読むとラクになりやすいと思います^^
Q2. 子育て本に書かれている通りにできない時は、どう考えたらいい?
→その方法が我が子や家庭の状況に会っていない可能性もあります。こどもの発達段階・感覚・認知・思考タイプ・家庭環境によって、合う関わり方って変わるモノです。
『できない』ではなく、『我が家にはどんな形なら合うかな?』と見直す手がかりとして捉えられてみると良いかもです^^
Q3. 子育て本以外では、どんな本が子育てのヒントになりますか?
→物語・哲学・教育・社会・海外の教育に関する本など、子育てはとは直接関係がなさそうな本にもヒントってあります。
違う分野の本に触れることで、おうちの方自身の見方が少しズレることがあるんですよね^^
Q4. 発達や特性が気になる子には、育児書は役立ちますか?
→役立つ場合もあります。ただ、診断名や特性名だけでこどもをみていくのではなく、その子がどんな場面で力を出しやすいか、どんな環境で俯瞰があがりやすいかをみることが大切だと考えています^^
Q5. 子育て本を読む時に気をつけることって?
→本に書かれている方法をそのまま当てはめるより、「我が子の場合はどうだろう?」と一度立ち止まって考えること。
書かれた時代背景や全体も含めて読むと、距離を持って受け取りやすくなるかなと思います。
Q6. 視点ずらしカフェでは何をする?
→1冊の本をきっかけに、こどもとの関わり方や自分の価値観を少し違う角度から見ていく時間です。
育児書の正解を学ぶ場というより、親子の見え方に余白をつくっていく1冊の本をきっかけとした対話の場です^^