学習習慣をつけさせなかったその後に見えてきたもの | 偏差値ではなく“表現の時代”に育つ、こどもの学びのスタイルとは

「発達×個性」を起点に、こどもの学び方・おうち英語・海外教育を、こどもと歩む人たちが“デザインしていく”ための視点や問いをお届けしている林智代乃です。

娘が小学生のころ、我が家はあえて 『学習習慣』を意図的につけてこなかったんです。

これは『やってこなかった』のではなく、『”あえて” やらなかった』という選択だったりします。

何年か前に、【学習習慣は “付けさせる”より、“育てる”】というテーマで、その辺りについて記事にしたことがあります。

 

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記事内のように、特に小学校6年間は、『育つ時間』としてゆっくり大事にみていきたい…という考えで娘の小学校生活を過ごしてきました。

さて、そこから月日は経ち、娘も中学生!

『環境』も『発達フェーズ』も大きく変化した今、『その後』はどのような様子なのか…という部分を書いていってみようと思います^^

 

学習習慣はつけるものではなく、ついていくもの。

 

我が家が娘に学習習慣をつけさせようとしてこなかったのは、やっぱり

 

学習習慣は、つけさせるものではなく付いていくもの

 

だと考えていたから。

 

学習習慣は、つけさせるものではなく付いていくもの

 

興味関心を楽しんでいるうちに、そこから生まれる『もっと!』が、ひいては自分で『目標を持つ』力へとつながり、その目標に向かって『必要だから学ぶ』という叶えるための手段として向き合うようになる。

この自然な流れの先に『習慣』って生まれるようになると考えているからです。

「やらなきゃ!」でやるのではなく、『自分で意味付けたからやる』に変わる瞬間を、時間をかけて待ちたいというスタンスでした。

 

『やらせる学習』<『やりたくなる学習』

 

とはいえ、『あえてやらなかった』とはいえ、ただただ放任させていた訳ではないです^^

むしろ我が家が大切にしていたのは、『自己認知』を育む対話。

どんなことにおいても対話を積み重ねることを大切にし、特に

 

・なぜそれを選んだのか
・その時、どんな状態だったのか
・次はどうしてみたいのか

 

…といった問いを積み重ねることを、『学習習慣』よりも大切な土台となると考え、積み重ねてきた感じです。

 

『自己認知』となる対話を『学習習慣』よりも大切な土台となると考え、積み重ねてきた

 

こうした問いを通して、

 

・自分はどう考えたのか
・どう感じたのか
・次にどう動きたいのか

 

を自分の言葉で捉えていけるようになると、それがそのまま『自分の学び方』を見つけていくきっかけになったりするんですよね^^

故に、小学生時代は『机に向かう時間』よりも『自分の学び方を知る時間』を優先していたような感じです。

 

中学生になった娘。学習習慣は…半々です(笑)

 

では、『学習習慣を付けさせよう』とせず、本人の興味関心を軸に過ごしたその先はどうなったのか。

結論から言うと、娘は机に向かう時間が増えました。

…とはいえ、これは『机で学習することが殆どなかった小学校時代』と比べてのお話。

同学年の子達と比べたら、まだまだ少ないレベルです^^:

そして、彼女比で言えばある意味『習慣』というものは付いてきてはいますが、『毎日決まってやる訳でもない』んですよね^^

故に、いわゆる一般的にイメージされる『毎日こつこつ机に向かってお勉強をする』という学習習慣とは、未だ程遠いのが現状です。

塾にも通ってませんしね。

 

付けさせようとしなかった学習習慣、中学生になったらどうなった?

 

ここまで読むとそんな様子って、

 

・「あれ?小学校の時に学習習慣を付けてこなかったからなんじゃない?」
・「やっぱり学習習慣を付けさせていく事って、大事だったんじゃない?」

 

と感じられる様子でもあると思うんです。

ですが実は、私個人的には、その姿は『学習習慣をつけさせようと頑張ってこなくてよかった』と思える姿だったりするんです。

というのも、

 

今見せている『学習』という行動が、単なる『習慣』ではなく、『内側の意味づけ』から動いている様子だから

 

であり、これって、外側から作った習慣よりも、ずっと強く、長く、深く育つものだと感じているからですね。

 

学習習慣は『目的』ではなく『結論』

 

同世代の子を持つおうちの方がイメージされ、理想として掲げる『学習習慣』というスタイルからは、程遠い我が家の娘。

そんな様子でも、私が『学習習慣がついてきている』と呑気に感じられているのも、私自身の『学習習慣』の捉え方による部分が大きのだと思います。

『学習習慣』という言葉をきくと、 多くのおうちの方は『机に向かう時間』を思い浮かべられると思うんですね。

ここに関しては以前の記事にも書いているのですが、実際はそうではないんですよね。

 

『学習習慣』という言葉をきくと、 多くのおうちの方は『机に向かう時間』を思い浮かべられると思うのですが、実際はそうではないと考えています。

 

もとより、学び方・学びスタイルは、こどもそれぞれですし、何よりも

 

机に向かう学習習慣って、『自分で考え』、『必要だと判断し』、『自分で行動に起こす』という内側で育った、『目的ではなく結果』であって欲しいもの

 

だと思うんです。

言い換えると、『やらされている時間』を増やすことよりも『自分で「やる意味」を見つけて動き出せるまでのプロセス』の方を大事にしたいということ。

これって、実は多くのおうちの方自身もその考え方を本来持たれていると思うんです。

ただ、こどもの成長と共にどうしても生まれやすい『焦り』が、気づくと『学習習慣=机に座らせる方法』へと形を変えていってしまっているだけなのでは…と思います。

でもですね、実は『机に向かって学習し出すまでの時間』って、とっても大事にしたい時間でもあるんですよね。

…というのも、

 

『机に向かう学習習慣』という結果へつながるまでの目的時間こそ、こどもの今後の学習においてのヒントがたくさん詰まっている

 

大事な時間でもあるから。

この時間にこそ、こどもの『学びタイプ』なるものが見えてきて、それが今後深まっていく学習への大きなヒントにもなっていくのです。

 

小学校時代は、『その子の学びスタイルが浮き上がった時間』だった。

 

小学校時代の娘には、机に向かう学習が殆どなかった訳ですが、その様子こそが

 

こども本人の学び方の『クセ』や『傾向』が、そのまま自然な形で現れた時間であり、こども自身も自分の学びスタイルに気づき始める時間にもなっていた

 

そういった時間だったんです。

 

 

…というのも、学習習慣をつけさせようと頑張らなかったことで

 

・どう物事を理解しようとするタイプなのか
・どう情報を受け取り、どうアウトプットした方がスムーズなのか
・この子にとっての心動くキーワードは何なのか
・どんな順番で世界を捉えるのか
・どんなきっかけで探究が深まるのか
・構造で理解するタイプなのか、感覚で掴むタイプなのか

 

などなどといった『学びスタイル』そのものを、親側はじっくり観察することができ、こども側は感覚から言語化までできるようになっていっていたんですよね。

ちなみにこれらって、本当に何気ない遊びのような時間であったり、興味関心に向かう姿からこそ受け取れるもの。

学習という学習をしない代わりに、興味関心に忠実に過ごしていた時間がその分多かったため、よく受け取れるものがあったわけです。

何よりも、こども自身も、『自分の学びスタイル』に気づいたり、言葉にしたりすることが増えていったという変化がありました。

そういった時間があったからこそ、今目の前の『学習に向かう姿勢』というのがあるように感じています。

だからこそ、より感じるのは『机に向かうかどうか』ではなく『その子の学びのスタイルがどう育ってきたのか』が得られ始めた小学校時代の過ごし方は、やっぱり「やってよかった選択だったな」と感じている訳です。

そしてそのスタイルこそが、これからの進学の場面だったりで、その子の強みとして評価されている部分にもなっていくだろうな…と感じています。

 

机上派と非机上派。そこに「その子らしさ」がある

 

『学習習慣』のお話になると、『机に迎えない子はダメ』『集中できないのは弱点』とされるようなトーンになりがちだったりすると思います。

でも、結論からいえば、

 

机上派 / 非机上派って、『良い悪い』ではなく『脳の使い方の違い』

 

なんですよね。

 

机上派/非机上派は「良い悪い」ではなく「脳の使い方の違い」

 

こどもの学び方って、本当に多様で、こどもそれぞれにあります^^

 

・机に向かってノートを整理しながら学ぶ子もいれば
・体験や探究を通じて学びを広げていく子もいる
・世界観ベースで捉えたい子もいれば
・空間で構造を理解したい子もいる

 

どれが良いとか悪いとかではなく、本当に『タイプ』の違い。

故に、『比較』や『評価軸』は、そこにはいらないんですよね^^

むしろ、それらの『スタイル』こそが、

 

なんなら進学時にも大切になる、『自分を知る力』にもなり、その子の強みそのもとして扱われていくもの

 

でもあると感じています。

だからこそ、『机に向かえるかどうか』だけで学習を評価するのは、その子らしさを見過ごしてしまうものへとつながりかねないな…と感じています。

 

今は『偏差値の時代』ではなく『表現の時代』だからこそ

 

今のこどもたちが求められているものって、私たちが過ごしてきた時代とは、やっぱり全然違うんですよね。

今の教育は確実に

 

『同じようにできる力』から『自分ならどう見るか・どう表すか』へと軸が移っていっている

 

んですよね。

 

教育の軸は確実に、 「同じようにできる力」から「自分ならどう見るか・どう表すか」へ

 

『偏差値』で測られる『速く・正確に・効率よく』ではなく

 

・自分の考えを言葉にできること
・物事(世界)をどう捉えるか

・どんな視点を持てるか
・何を選び、どう展開するのか
・その子らしいストーリーはあるのか

 

がとても強く問われるようになっていきますし、既になり始めています。

そう、これからは『表現力』と『自己理解』がものすごく求められるようになってくる時代。

そう考えた時、やっぱり「学習習慣をつけさせよう!」と頑張ること以上に、『その子の学びスタイルは、どう育っているのか』の方が、ずっと大切になってくると感じるのです。

 

おうち英語のゴールも『英語』ではなく『学びのスタイル』

 

おうち英語でも、同じことが言えると思うんです。

こどもが小さな時は、

 

・好きな歌
・大好きな絵本
・好きに関連させた動画

 

などなどの『好き』や『楽しい』を起点に英語に触れさせていくことを大切にされてきた方も多かったと思います。

 

英語が伸びる子ほど、「満遍なく」ではなく「自分の世界観から伸びていく」

 

ですが、こどもが成長するにつれて、

 

・『好き』よりも『満遍なく』になっていったり
・『自然な触れ方』よりも『できることの証明』に気持ちが向き始めたり
・『興味ベース』よりも『英検の級』などに向かいやすくなっていったり
・『探究』よりも『スコア』などになっていったり

 

…といったように、世の中全体がそういった方向に流れ始めるので、気づけば親もそこに引っ張られやすくなる。

これって、本当に誰のせいでもなく、社会全体の雰囲気そのものがそういう空気になっているから…なんですよね。

ただ、色々な子や人に出会っていても感じるのは

 

英語が伸びる子ほど、『満遍なく』ではなく『自分の世界観から伸びていく』

 

というところ。

 

・自分の興味をどれだけ深く味わえるのか
・自分の「好き」の世界をどれだけ探究できるのか

 

…の方が圧倒的に影響力が大きい!

 

好きの世界を探究して育んだ英語は、自分の言葉としての英語になっていく

 

そしてそうやって育った英語って、『自分の言葉としての英語』になっている。

それって、実はとっても大きなこと。

もともと英語って本来、『点数で証明するもの』ではなく、世界と繋がるための1つのツール。

これからの『表現の時代』で評価されるのは、この部分。

だからもし今、「満遍なく」「証明できる形」を求める空気に少し疲れているところがあるとしたら、一旦目の前の我が子の『好きの偏り』みたいな部分に目線を戻してみるのも、1つの選択肢かもしれません^^

そこに、『その子らしい学びのスタイルのヒント』が隠されているはずだからですね!

 

『偏差値』と『表現』のどちらもまだ必要な時代で

 

ここまで、『学びスタイル』や『自己理解』『おうち英語の本当のゴール』といった部分について書いてきました。

もちろん!だからと言って、『机でのお勉強は要らない』というお話ではありません^^

特に今のこどもたちが生きる世界は、まだしばらくの間は『偏差値』と『表現』の両方が求められる時代。

 

今のこどもたちが生きる世界は、まだしばらくの間は「偏差値」と「表現」の両方が求められる時代

 

『だからこそ』でいうと、おうちの方サイドは『偏差値の世界」だけ見続けてしまうと苦しくなるし、一方で『表現の世界』だけ見ても不安がつきまとうものでもあると思うのです。

じゃあ、どう立ち振る舞っていけばいいのか。

私が感じているのは

 

こどもの『学びスタイル』を基点にしながら、偏差値の世界にも表現の世界にも行き来できるようにしていく

 

ことこれが、これからのサポート側としての『しなやかな立ち位置』なのではないかな…というところです。

机に向かうかどうかではなく、『どう捉え』『どう学び』『どう動けるか』という部分。

ここが育っていれば必要になった時に、自分のやり方で『偏差値の世界にも対応できる力』がついてくる。

実際、今の娘の姿を見ていても

 

・毎日コツコツ型ではない
・机に向かうのは必要性を感じた時だけ

 

ですが、『やるべき時に、自分のペースでやれる姿勢』は、彼女ペースではありますがじわじわと育ってきているな…と感じます^^

 

『偏差値』と『表現』の真ん中に、 その子らしさを起点にした“自分たちなりの立ち位置”をつくっていく

 

あの小学校時代の『育つ時間』があったからこそ、今、偏差値にも表現にも『自分の立ち位置』で向き合えるようになってきている姿があったりします。

こうした『視点の行き来』って、1人で保っていったりするのって、難しいこともあると思います。

日本の空気感って、どうしても『揃える側』『証明する側』により易いので、視点を保つには『人』と『場』の力が必要だったり。

そんな時は、『焦る時もあるし、揺れる時もある。でも戻ってこられる場所がある』といった環境として、オンラインサロン -Jigsy- を心地の良い場所として使ってもらえたら…です^^

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