「発達×個性」を起点に、こどもの学び方・おうち英語・海外教育を、こどもと歩む人たちが“デザインしていく”ための視点や問いをお届けしている林智代乃です。
小学生になると、それまでと違い、急に増えるものがありますよね。
それは『できるはず』とみられる場面。
・時間までに登校すること
・宿題をこなすこと
・言われた通りに進めること
・毎日を『ちゃんと』回していくこと
でも、こどもによってはその『ちゃんと』がなかなか回らないこともあるのも事実。
我が家の娘がまさにそのタイプ。
学校そのものは大好き。
先生もお友達も大好き。
お休みしたいわけでもない。
だけれども、小学校1年生の1年間は『遅刻が増え』、『宿題も特に国語は進みにくい日々』でした。

そんな時、我が家で大切にしていたのは
という見方でした。
今回は、我が家の小学校1年生の日々を振り返りながら、遅刻や宿題をしないことを『問題』として押さえるのではなく、その子の学び方を見つけていく時間として、どう捉えていたかを書いてみようと思います^^
※これはあくまでも我が家のケース。
全ての子に同じ形が合うわけではありませんが、見方のひとつとして読んでいただけたら嬉しいです。
・こどもの遅刻が増えたり、宿題が進まなかったりする時、すぐに『やらせること』を優先しなくても良い場合がある
・大切なのは、その子が『どこで止まり』『どこで強くエネルギーを使っているのか』を見ること
小学校1年生、登下校に付き添いが必要だった時期
入学式の当日からやる気満々で、翌日からの登校をテンションMAXで楽しみにしていた娘。
初登校の日くらい、途中まででも一緒に行きたかったのに『NO!』のサインを思いっきりもらい、こっそり尾行した初日でした(笑)
下校も途中箇所で待機していると怒られてしまっていたくらいだったのですが、なんと5月の連休明けからは全く1人で行けず。
そこからは、登下校に付き添いが必要な日々に変わっていきました。

本人によると、
・しなくてはいけないことが増えたこと(選択肢があまりない)
・時間で動く場面が増えたこと
・自分の感覚より、外の流れに合わせる必要が増えたこと
こうした環境の変化が、少しずつ負荷になっていったようでした。
その後、理由はその時その時で変わっていくのですが、スタートはここからでしたね^^
小学校は幼稚園や保育園時代よりも『今これをする』『この時間にこれを終える』という流れがグッと増えます。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません^^
ただ、その切り替えにエネルギーが必要なこどもにとっては、『学校に行く』以前に、すでに朝の段階で消耗が始まっていることもあるんですよね。
そのため、登下校の付き添いは甘やかしではなく、その時期の娘にとって必要な調整だったのです。
小1で遅刻が増えた・宿題しない。その背景にあったもの
1年間を通して、我が家の小1生活には『ない』がいくつかありました。
時間通りの登校が難しくなった
まずひとつは、【時間通りの登校】です。
出席停止になるものに罹った時以外は毎日休まず学校に行き、「学校を休む」という選択肢は本人の中で全くないくらい、『学校そのもの』も『先生』も『お友だち』も大好きな娘。
出席停止で休まなくてはいけない時は、どれだけ騒がしく悔し泣きをして泣いたかわからないほど(笑)
でも、行きたい気持ちはあるのに、動き出せない。
お寝坊等ではなく(寧ろ、余裕持って起きれている)、本人の気持ちがどうしても「学校に行く」に向かず、気持ちが整ってから登校という日々が多々ありました。
このズレが、毎日のように起きていったんですよね。
お休みこそしなかったですが、「登校時間に間に合って学校にいけない」は日を追うごとに増え、気付くとほぼ毎日になっていったのでした。
宿題に取り組めない
『ない』は、登校時間だけではなく【宿題】も。
最初の頃は、『宿題』というものへの目新しさでやってはいましたが、段々と本人の中でやる気が出ないものへと変わっていったんですよね。
算数は比較的取り組める日もありましたが、国語はかなり進みにくい。
漢字ドリルに関しては、上も下も終わる事なく、ほぼ真っ新な状態で1年生を終えたほどです^^:
(因みに未だに夏休みの宿題も冬休みの宿題も終わってないです^^;)
「与えられた宿題」はやらなかったですが、その代わりのものをして提出をするような事はありました。
ここだけを切り取ると、
・わがまま
・親がやらせてないのでは?
と思われることもあるかもしれません。
ただ、我が家にとっては、これは反抗や怠けではなく、その子の中で負荷が大きすぎものが、はっきり見えていた状態だったのです。
背景にあったのは、『書く』に大きなエネルギーが要ること
「学校に間に合うように向かえない」のも「宿題は特に国語をしない」のにももちろん理由があり、その1つにあるのが、【『書く』という作業にパワーが要る】から。
娘は、読めないわけでも、書けないわけでもありません。
けれど、【書く】という作業にかなりのエネルギーが必要なタイプでした。
ここは周りから見ると、特に1年生の時期は少し見えにくいところだったんですよね。
読めるから大丈夫そうに見える。
その場で書けていたら、できているように見える。
でも実際は、
・ノートに写す
・漢字を書く
・書いて考えをまとめる
・文字としてアウトプットする
こうしたことには、別の力が要るんですよね。

こどもの中には、頑張ればできるからこそ、見過ごされる負荷があります。
一見、『できている』ように見えるけれど、毎回ものすごく消耗している。
それでも周りが「できるよね」と思ってしまう。
このズレは、低学年ほど起きやすいように感じます。
『ちゃんと』を急がず、回る条件を整えることを優先した1年生の時間。
学校に間に合うように行けず、宿題もやらず…でしたが、私からは「〜しなさい!」などは言わずに過ごしていました。
「遅刻」も「宿題せず」もない方がいいです。
いいですが、以前のブログ記事にも書いていますが、
先ずは6年かけて、(「出来るように」だったりと)成長していけば良い
場所。
だからこそ、都度完璧を求めるのではなく、そして都度「ちゃんと出来る」ように努めるのではなく、時間を掛けて『こども自身が自分でできるようになっていく』事をサポートする事がおうちの人のサポートだと考えています。

そのためにも都度「できる姿」を求めるのではなく、長く見守りながらサポートをし、物事に対する心持ちであったり見方を整えていく事に気持ちを向けていった学校生活です。
・どこで止まりやすいのか
・何なら回るのか
・この子はどうしたいのか
この部分をみていくことを大切にしていった感じです。
そのため、「早くしなさい」「ちゃんとやりなさい」と押すよりも、
・与えられたものとの向き合い方を育てていく為にも、そして自分によりあった学びスタイルを見つけていく為にも
「どうしていこうか」「どうしたらよいのか」を話し合い、「宿題はさせる」という事を選ばなかったり
…と、こどもの主体性を尊重しながらの対話を常に大切に重ねていった1年でした。
宿題も、『出されたものをそのまま取り組む』にこだわらず、別の形で出せるものがないか。
どんなやり方なら、本人が取り組みやすいのか。
こちらが答えを出したり、こちらで決めて進むのではなく、積み重ねた対話の中から、こども自身に見つけてもらい、こども自身が自分で先生に伝えたり(交渉したり)する。
今の時間を『できない時間』と捉えるのではなく、今の時間を『こどもの成長として、どう活かせる時間にするのか』を焦点に、関わっていった感じです。
『できていないように見える時期』にそだっていたもの
こうして書くと、「好きなことだけして、わがままにならない?」と思われることもあると思います。
ですが、我が家では逆でした。
・学ぶこと自体は嫌いにならなかった
・『自分はどうしたらいいか』を考える土台が残った
・自分のペースで進む力が育った
そんな感じに、彼女のペースで物事を成長させていっています。
もし私が「ちゃんと」や「きちんと」を求めていたら、娘は学ぶ事も嫌になり、自己肯定感をも下げてしまっていたのだろうなぁ…と我が親子時間のことですが思います。
2年生の学校生活も『学校=成長の上に欠かせないツール』で楽しむ。
私も仕事をしている身なので、遅刻されてしまったりすると…実際は大変です^^;
割とフレキシブルに調整できるので会社勤めをされていらっしゃる方に比べたら…ですが。
そんな1年間でしたが、本当に『学校』という我が子の成長において欠かすことのできない『ツール』により、親子で色々と話し合ったり、こどもの心に耳を傾けたりが尚更できたとても色濃い1年でした。
先生たちからしたら「どうしていったら良いものか…」の悩みの種であることは間違いないですが(実際に年度末は担任の先生と教頭先生との三者面談も設けられましたしね。)、私の中では「不安」も「焦り」も「悩み」もなく。
ただただ、学校を『その場で評価される場所』としてでなく、こどもが自分に合う学び方を見つけていくための場として捉えています。
だから、小学校1年生の段階で、全部を『普通の形』に合わせることよりも、6年間という時間の中で、
・困った時に言葉にできる
・自分の状態を少しずつ知っていく
・必要な助けや工夫を選べるようになる
こうしたことの方が、これからのことを考えてもずっと大事だと思っています。
遅刻しないこと。
宿題を終えること。
もちろん、そこも少しずつ育っていったらいい。
だけれども、それを急ぎすぎて、こどもが『自分はだめなんだ』と感じるようになることは、私は避けたいんですよね。
小学校1年生は、『できるようになるための1年』というより、『その子がどうしたら回りやすいのかを知っていく1年』でもあると思うのです。
さいごに|遅刻や宿題しない時、先にみたいのは『その子が止まる場所』
小学生になって、遅刻が増える。
宿題が進まない。
そんな時、焦る気持ちになられるおうちの方も少なくないと思います。
でも、そこで先に見たいのは『どうしたらできるようになるか』だけではなく、
・何が負荷になっているのだろう
・何なら回りやすいのだろう
…というところ。
こどもは、できないいのではなく、『今のやり方だと回りにくいだけ』ということがあります。
だからこそ、
ここを大事にしていく時間として過ごしていけるとよいと感じます。
我が家の小1生活は、まさにそんな1年でした。
よくいただくご質問|FAQ
Q1. 小学校1年生で遅刻が増えた時、すぐに心配した方がいいですか?
→遅刻が続く時は、もちろん様子を見ることは大切です。
ただ、すぐに『怠けている』『やる気がない』と決めつけるより先に、朝の切り替え、学校で使うエネルギー、書く・準備するなどの負荷が大きくなっていないかを見ることも大切です。
行きたくないのではなく、いくまでに力を使いすぎていることもありますからね!
Q2. 宿題をしない時は、やらせた方がいいのでしょうか?
→宿題は大事ですが、『出された形のまま取り組むこと』が今のその子に合っているとは限らないことも。
内容そのものが難しいのではなく、書くことや切り替えに大きな負荷がある場合、宿題そのものが止まりやすくなるんですよね。
まずは、どこで止まるのかをみて、量・形・出し方を調整できないかを考える視点も大切です。
Q3. 『ちゃんと』を急がないと、この先もっと困りませんか?
→低学年の時期は、『今すぐ整えること』よりも『その子がどうしたら回りやすいか』を知ることが、この先の土台になることがあります。
その子に合わない形を押し続けると、学ぶことそのものが苦しくなることもあるんですよね。
長い目で見た時に、自分に合うやり方を知っていけることは、とても大きな力になります。